『マーヴィーラン 伝説の勇者』(原題:Maaveeran)
監督:マドーン・アシュヴィン
出演:シヴァカールティケーヤン,アディティ・シャンカル,ミシュキン,スニール,ヨーギ・バーブ,サリタ他
声の出演:ヴィジャイ・セードゥパティ
封切り日、109シネマズ箕面にて21:05からのレイトショー。ボリウッドだもの、161分の長尺で、上映終了時刻は23:55。きっと客は私ひとりだろうなぁと思っていたら、はい、正解。早くも今年8回目の“おひとりさま”。
主演のシヴァカールティケーヤンはタミル語映画界のスターだというけれど、全然タイプじゃない。ラーム・チャランでもサルマーン・カーンでもリティック・ローシャンでもない、私にとって鉄板のヴィジャイでもない、ただの暑苦しい男を3時間近く見続けていられるだろうかと懸念しましたが、インドの建設事情があらわになる作品は面白いですね。
青年サティヤはヒーロー漫画『マーヴィーラン』を描いては地元の新聞社に持ち込んでいる。漫画など流行らないと言う編集者はいずれ漫画欄は広告欄になるからと難癖をつけて、原稿を毎度受け取って連載の形は取るものの、サティヤの署名を勝手に書き換えて本名を名乗らせてくれない。サティヤの母親も漫画など金にならないと言っているから仕方のないこと。
そんなある日、サティヤと母親と妹が暮らすスラムが再開発の対象となり、住人たちは立ち退きを迫られる。あまりに急なことで皆戸惑うが、開発業者が近隣に建てたマンションを提供してくれるとのこと。ほかに選択肢はなくて渋々移動すると、そこには見たこともないような洒落た高層マンションが建っているではないか。いつのまにこんなものを建てたんだと驚きつつ喜ぶ元スラムの住人たち。
ところが入居してみるとハリボテもいいとこ。浴室のノブを持てば外れ、写真を飾ろうと釘1本打っただけで壁が崩れる。窓を開けようとすれば窓ごと落下。住人たちが手抜き工事を指摘すると逆に修理代を請求される始末。実は再開発事業の陰には悪徳政治家の存在があった。誰もが怒りを露わにするなか、争いごとが苦手なサティヤだけは事を荒立てないように努め、『マーヴィーラン』の中ではヒーローを悪に対峙させる。すると、例の新聞社の副社長だという美女ニラーが『マーヴィーラン』を気に入り、サティヤは自分こそが作者であることを明かして描くようになる。
漫画の中では気丈でも実際は臆病なサティヤだったが、事故で瀕死となった時をきっかけに天の声が聞こえはじめる。天の声はサティヤを勇者と呼び、民衆のために悪徳大臣ジェヤコディをぶっ潰すように語りかけてきて……。
スターだけあってもちろん不細工じゃないですよ。インドではこの手の顔が人気あるのでしょう。だけど、私はそうじゃないから、タイプじゃない人を3時間見続けるのはやはりツライものがあります。しかも客は私しかいないから、普段は絶対しない「上映中にスマホを見る」をやってしまったじゃあないですか。(T_T)
とはいうものの、冒頭に書いたように、インドの建設業界における不正がどんなふうなのかわかるのは面白い。再開発事業に関わるものとしては『無職の大卒』(2014)がめちゃめちゃ面白かったし、『ハーティー 森の神』(2021)なんかもそうですね。『ジガルタンダ・ダブルX』(2023)も『ハーティー』同様に政治家が森を狙う話でした。また、『ただ空高く舞え』(2020)は再開発の話ではないけれど、民衆も乗れる飛行機を飛ばそうとしたら政治家の妨害に遭ったのですよね。まったく、インドの政治家で崇高な人はいないのかと思ってしまうほど、金が絡むとなると一枚どころか何千枚も噛みたがる奴が多すぎる。
ジェヤコディ役には思いっきり悪人顔のスニール。ニラー役のミシュキンは本当に綺麗。一度見たら忘れない風貌のヨーギ・バーブは、やっと仕事にありついたと思ったら欠陥工事の修理ばかりやらされるはめになったうえに責任を押しつけられそうになるタミル人クマールの役で、今回も笑わせてくれます。韓国映画でいうところのユ・ヘジンかオ・ダルスの役回りってとこですかね。天の声を担当するのはヴィジャイ・セードゥパティ。さすがです(笑)。
中盤まで集中力は途切れがちでしたが、天の声の力を借りなければヨワヨワで腹立たしいほどだったサティヤが本物の勇者となる最後は最高。終わってみれば楽しかったと言えるボリウッドなのでした。
『おい、太宰 劇場版』
『おい、太宰 劇場版』
監督:三谷幸喜
出演:田中圭,小池栄子,宮澤エマ,梶原善,松山ケンイチ
公開初日、仕事帰りに109シネマズ箕面にて。
「三谷幸喜の完全ワンシーンワンカットシリーズ第3弾!」と銘打たれていますが、第1弾と第2弾が何やったか知らんし。調べてみたらWOWOW制作のシリーズで、三谷幸喜のオリジナル脚本を彼本人が監督を務めて一度もカメラを止めずに撮るというのがウリのシリーズらしい。第1弾が『short cut』(2011)で中井貴一と鈴木京香の共演、第2弾は『大空港2013』(2013)で主演が竹内結子。そしてその両方に出演している梶原善がこの第3弾で一人三役を務めています。WOWOWでは6月29日に放送され、7月11日に劇場版として公開されました。
友人の結婚式に参列した夫婦・小室健作(田中圭)と美代子(宮澤エマ)は、北鎌倉からバス停を探して歩くも見つけられず。地元民の打雷次郎(梶原善)を見つけて道を尋ねるが、兄の四郎(梶原善)と電話で白熱中の彼はバス停の場所をなかなか教えてくれない。ようやく聞き出してバス停に向かおうとしたそのとき、健作はここが太宰治ゆかりの地であることに気づく。
ここ八里ヶ浜は、まだ無名だった太宰治(松山ケンイチ)がカフェーの女給をしていた矢部トミ子(小池栄子)と心中をはかった場所で、今日はまさに同じ日。興奮を抑えきれず、太宰がいたこの浜辺を散策しはじめる。すると、洞窟を抜けた先には当時の太宰とトミ子がいるではないか。しかも打雷兄弟の父親・四郎次郎(梶原善)まで生きている。この心中が未遂に終わり、太宰は生き残って『人間失格』を執筆し人気作家となるものの、トミ子は死んでしまうことを知っている健作はどうすべきか迷い……。
鑑賞後にあらためてWikiなどを読んでみると、太宰ってめちゃめちゃ死のうとしていた人なんですね。20歳で初の自殺未遂(「初の」と言うのも変だけど)、約1年後に今度は初の心中未遂。これが本作のモチーフになっているようで、鎌倉の小動岬で女給と心中を図り、彼だけ生き残って彼女は死亡。その後も試験に落ちては自殺を図り、嫁の不倫を知っては嫁と心中を図り、それでもモテモテで再婚して愛人もいて、どちらとの間にも子どもを授かって、すごいやっちゃなぁ。結局最後は心中を果たして本望だったでしょうか。
三谷幸喜だから、こんな太宰の心中事件もあっけらかんと描いています。自分だけ死んでしまうのだと知ったトミ子は、途中でそんなの嫌だわと思うけれど、心中相手を探しているとしか思えない太宰が美代子をその相手に選びそうになったときライバル心が芽生える。そして、心中から生き延びてみせるとにこやかに健作に言い放つ姿が良いです。
田中圭の起用は間の悪いこととしか言いようがありませんが、それはそれ、これはこれで観りゃいいと思います。そもそも私は不倫否定派ではないから、田中圭と永野芽郁のことはどうでもいい。しかし、どうでもいいからそれとは切り離して考えて観に行ったほうがいい作品だよとまでは言えません。少なくとも三谷幸喜の前作『スオミの話をしよう』(2024)よりは面白かったですけどね。
ところでTVドラマ版と劇場版には何か違いがあるんですか。
『海がきこえる』
『海がきこえる』
監督:望月智光
声の出演:飛田展男,坂本洋子,関俊彦,荒木香恵,緑川光,天野由梨,渡部猛,徳丸完,有本欽隆,金丸淳一,さとうあい,鈴木れい子,関智一他
徳間書店発行の『月刊アニメージュ』に1990年から約2年間にわたって連載されていた同名小説が、1993年に日本テレビ開局40周年記念番組としてアニメ化されました。制作に当たったのは当時スタジオジブリの若手だったスタッフたち。30年が経過した昨年、東京都内で期間限定で劇場公開したら連日超満員。で、こうして全国で3週間限定のリバイバル上映となった模様。
原作者の氷室冴子は1980年代から90年代にかけて集英社コバルト文庫の看板作家でした。彼女の名前はもちろん知っていますが、なぜか読んだ記憶がなくて。今どうされているのかと思ったら、2008年に肺癌を発症して51歳の若さでお亡くなりになったとのこと。50代で癌と聞くと駄目ですね、弟を思い出してしまう(涙)。
高知県で生まれ育った高校生・杜崎拓は、東京からの転校生・武藤里伽子のことが気になって仕方がない。美人で秀才なのに周囲にまるで馴染もうとせず、クラスの女子からは反感を買っているが、唯一、小浜裕実だけとは話をする里伽子。
拓の親友・松野豊は彼女に密かに夢中なのが明らかだから、拓は遠慮しているというのに、なぜか里伽子と縁があるのは拓のほう。休みを利用して東京へ行こうとしている拓についてきた里伽子のせいで、ふたりは一緒に旅をして宿泊までしたと噂が流れ、拓は大迷惑。里伽子を責めるとひっぱたかれて……。
三角関係というほどでもない、高校生の三角関係。卒業してそれぞれ別の大学へ行き、拓は東京、豊は京都へ。里伽子は高知に残ったはずが、拓は吉祥寺の駅のホームで里伽子に似た女性を見かけます。卒業後初めての同窓会に出席するために帰郷するも、クラスで浮いていた里伽子は当然来ていません。そこでどうやら里伽子は高知大学に合格していたのに行かずに東京へ行ったと知ります。あれはやっぱり里伽子だったのだと嬉しくなる拓。しかも里伽子が東京に会いたい人がいると言っていたこともわかり、まさにそれは自分のことなのですから。
里伽子不在の同窓会の場で同級生女子たちから拓が聴く話が○。「里伽子のことが嫌いだった、でもそれは彼女も私たちも狭い世界の中で生きていたから」だと。往々にして、いじめはヒマだから出てくるもの。幼稚園のときにいじめられっ子だった私もそう思います。ほかに興味を惹かれることがあればそっちに行くわけで、そうじゃないから誰かをいじめに走る。阿呆。
まぁ、里伽子のことは私も好きにはなれませんけどね。だってこんな女子、というのか、こんな女子のことを好きな男子って、典型的な「こいつのことをわかってやれるのは俺だけ」ってタイプじゃないですか(笑)。好きにはなれない登場人物たちでありながらも、この雰囲気は好きです。時期が自分の青春時代とかぶっているから、懐かしく感じる部分があるのでしょう。
エンディング、里伽子の声を担当する坂本洋子の歌には安田成美の『風の谷のナウシカ』を思い出して苦笑い。ごめんなさい。
『夏の砂の上』
『夏の砂の上』
監督:玉田真也
出演:オダギリジョー,髙石あかり,松たか子,森山直太朗,高橋文哉,篠原ゆき子,満島ひかり,光石研他
109シネマズ箕面にて、前述の『キャンドルスティック』の次に。21:50~23:40の上映で、こんな時間に誰も観に来んやろと思ったらやっぱり私だけでした。今年7回目の“おひとりさま”。
玉田真也監督が松田正隆の同名戯曲を映画化。劇団“玉田企画”の主宰者でもある玉田監督は、2022年に自身の劇団で本作を上演もしたそうです。当時のキャストを調べたら、ほとんどが舞台俳優だから知らない名前が多いけれど、祷キララや西山真来の名前がありました。1990年代の長崎という設定が映画版でも反映されているのかどうかは鑑賞後の今もわかりません。現在の話として観ても何も違和感がないから。
5歳になるかならないかの我が子を事故で亡くした夫婦・小浦治(オダギリジョー)と恵子(松たか子)は、すっかり抜け殻のようになってしまった。ふたりは別居中で、恵子はなんだかんだと物を取りに立ち寄りはするが、彼女がどこに住んでいるのかすら治は知らない。働いていた造船所が潰れてからは仕事を探す気にもなれずに、治はぼんやりと日々を過ごすだけ。
そんなある日、治の妹・阿佐子(満島ひかり)が17歳の一人娘・優子(髙石あかり)を連れて来る。仕事の都合でしばらく優子を預かってほしいと言うが、要は男ができたから優子を邪魔者扱いしているだけらしい。治と恵子が別居中なのを知らない阿佐子は、たまたま来ていた恵子にも「娘をよろしく」と言い放ち、とっとと出て行ってしまう。そのあと恵子まですぐに帰ったことに優子も唖然とするが、どうすることもできず、治と優子はふたりで暮らしはじめるのだが……。
坂道が続く長崎の夏。立っているだけでも汗が噴き出てきます。雨はまったく降らず、水不足でしばしば水道が止まることも。優子がバイトするスーパーでもミネラルウォーターはおひとりさま2本までの購入制限付き。何かセンセーショナルな事件が起きるとかでもなく、淡々と話が進みますが、私はこれ、嫌いじゃないなぁ。むしろ好きでした。
子どもが亡くなったいきさつは、優子が治に尋ねて初めて観客も知ることになります。それ以前の夫婦仲がどうだったのかは知らないけれど、子どもを失ったことで夫婦がこんなふうになったことは明らか。夫は毎日家にいるくせに、子どもに手を合わせることも水やごはんを供えることもない。仏壇が誇りをかぶっているのを見て居たたまれない気持ちになった妻が位牌を持って行くと言うと、そのときだけは抵抗する夫。自分の友人・陣野航平(森山直太朗)がどうやら今は妻と一緒にいるようだとわかっても何も言わないのに対して、航平の妻・茂子(篠原ゆき子)が怒りをぶつけるシーンが凄かった。女って凄いですよね(笑)。
心の底から笑うことはもちろん、悲しいと声に出して言ったり泣いたりすることもない夫婦。子どもを亡くすというのはこういうことなのかなと、そんな経験のない私は思うことしかできません。でも、癒えない心の傷を抱えたまま、やはり傷ついている優子といるときの治を見て、寂しくも穏やかな気持ちに。人とコミュニケーションを取ることが下手な優子が、バイト先で声をかけてきた大学生・立山孝太郎(高橋文哉)にたいがい失礼なことを言われているのに受け入れてしまう様子もなんだかわかる気がします。無理してつきあわなくていい。そうやって俺も生きてきたと言う治。それでいいのかもしれない。
治が渋々就職した中華料理店で調理する姿を見てニヤけてしまったのは、たぶんオダギリジョーに料理人の格好が似合いすぎているからです。
『キャンドルスティック』
『キャンドルスティック』
監督:米倉強太
出演:阿部寛,菜々緒,サヘル・ローズ,津田健次郎,YOUNG DAIS,リン・ボーホン,アリッサ・チア他
109シネマズ箕面にて。阿部ちゃん主演だというのに宣伝も見かけないし、口コミを見ても評価は低くはないけど高くもない日本×台湾共同製作作品。109シネマズ箕面にて19:45から上映という時間帯にも「遅いねん」と自分の都合だけで毒づいて(笑)、観逃したくはないから行きました。
本作が長編デビューとなる米倉強太監督が元FXトレーダーの川村徹彦による『損切り FXシミュレーション・サクセス・ストーリー』を映画化。FXがなんたるかも知らない私にはたしてわかるのだろうかと懸念していたら、やっぱり何のこっちゃわからなかったけれど、期待していなかった分、楽しめました。舞台は日本の元号が平成から令和に変わってすぐ、2019年のGW明け。
日本トップの半導体企業に務めていた野原賢太郎(阿部寛)は、ホステスから成り上がって社長夫人の座に就いたリンネ(アリッサ・チア)の依頼を受けてハッキングを成功させたのち、リンネの裏切りに遭って逮捕される。出所してから根無し草の生活を送っていた彼は、トレーダーの吉良慎太(YOUNG DAIS)のセミナーに参加。そこで自分と同じく「数字に色が付いて見える」という望月杏子(菜々緒)と出会って恋仲になる。杏子は数学者の夫(津田健次郎)と別れて野原と一緒に。
ようやく平穏な気持ちを取り戻したというのに、野原のもとへかつての同僚ルー(リン・ボーホン)から連絡が入る。ルーはリンネの甥で、野原が逮捕された事件でやはり同僚のとロビン(デヴィッド・リッジス)と共にリンネに裏切られた口。まったく信用できない叔母のリンネからまたしても陰謀を果たすように命じられ、もしも断ればルーの会社が潰されてしまう。致し方なく野原とロビンに協力を求め、これを最後のハッキングにしようと話す。
一方、吉良は母親から受け継いだ施設“夜光ハウス”を運営していた。そこは、親がいないどころか戸籍もない外国人の少年少女が暮らす場所。イラン人女性ファラー(サヘル・ローズ)が子どもたちの世話をしていたが、国税局の査察が入り、金を納めなければ施設は閉鎖に追い込まれる。6千万円近い金の工面などできるはずもないと絶望し、友人であるイラン人ハッカーのアバン(マフティ・ホセイン・シルディ)に相談すると……。
ちょうど平成から令和に変わるときに金融システムの混乱を利用して巨額の金を奪うという計画。リンネの憎たらしいことと言ったらこのうえなし。きっと最後は野原がやりこめてくれると信じていました。彼女に利用されっぱなしだったルーが野原の復讐を知ったときの表情もいいですね。なんといってもいちばん共感できたのは、リンネの娘メイフェン(タン・ヨンシュー)かな。実の娘に「クソ女」と呼ばれるような母親になっちゃいけません。
それなりに面白かったけど、原作者って、作中の吉良のようなセミナー屋さんなんですね。それを知ると何というのか「ふーん」みたいな感じで冷める。トレーダーを目指す人のセミナーのシーンが何度かありますが、嘘っぽい自己啓発セミナー(行ったことないけど)とかヤバい新興宗教のセミナーに見えなくもなくて、ちょっと怖い。金儲けの話なんて自分だけにとどめておけばよいものを、「儲かるよ」と人に話すのは詐欺師か馬鹿かと誰かが言っていましたが、そうなんじゃないかと私も思ってしまうのでした。
それにしてもこの菜々緒はいつもと雰囲気がまるでちがう。可憐です。