『バード ここから羽ばたく』(原題:Bird)
監督:アンドレア・アーノルド
出演:ニキヤ・アダムズ,バリー・キオガン,フランツ・ロゴフスキ,ジェイソン・ブダ,ジャスミン・ジョブソン,フランキー・ボックス,ジェームズ・ネルソン・ジョイス他
この日の本命は後述の『風のマジム』。なんばパークスシネマへ行くかMOVIXあまがさきへ行くか迷い、ハシゴできそうなラインナップを見てMOVIXあまがさきに行くことに決めました。選んだのはこれ。イギリス出身のアンドレア・アーノルド監督によるイギリス/アメリカ/フランス/ドイツ作品です。
12歳の少女ベイリーは、郊外の荒れた貧困地域で父親バグと異母兄ハンターと共に暮らしている。どうにもいい加減なバグは、少し前に知り合った女性ケイリーとその幼い娘を家に連れてきて、この週末に結婚すると言う。あまりに急な話を受け入れられずにいるベイリーに、ケイリーが用意した衣装を着てブライズメイドを務めろだなんて、娘の気持ちを何だと思っているのか。憤るベイリーはハンターとその彼女ムーンとは仲良くつきあっているものの、彼らの友だちは皆ベイリーのことを子ども扱いして面白くない。
ベイリーには3人の幼い弟妹がいて、母親ペイトンが引き取って育てている。しかしペイトンの彼氏スケートは弟妹や飼い犬を虐待しているのが明らか。なんとか弟妹たちを救いたいと思うが、いったいどうすればいいのか。親のクズっぷりをこぼす相手もいなくてムシャクシャしていたベイリーの前に現れたのは、謎の男性バード。
バードは幼い頃に生き別れた両親を探しているらしい。唯一の手がかりであるメモに記されていた集合住宅の名前を見て、ベイリーはそこが昔ペイトンの住んでいた場所であることに気づく。バードの両親探しに手を貸すべく、ペイトンのもとを訪れて昔のことを聞き出そうとするのだが……。
ちょっぴりファンタジーも織り交ぜられた不思議な作品です。観る作品を迷ってこっちにして私的には大正解。
バグとペイトンはまだ結婚も許されないような年齢でベイリーの親になったらしい。ベイリーを引き取ったバグはとにかくまだ若いし、そもそもアタマも悪いから、生き方がめちゃくちゃ。結婚式の費用もないのに結婚を決めて、どうやって金を工面するのかと思えば亀を釣ってくる。その亀が分泌する体液に幻覚剤の効果があって、亀を売れば金になると言うんですね。バグの友人たちもそんな奴ばかりだから、どうしようもありません。それでもバグがベイリーのこともハンターのこともちゃんと愛していることがわかるのは救い。一方のペイトンも、娘のことを醜いなどと日常的に言ったりしていたようで、ベイリーは心に深い傷を負って自虐的になっています。バグにはまだ娘を思う気持ちが見られるけれどペイトンはあかんと思っていたら、そうじゃなかった。
ベイリー役のニキヤ・アダムズは鮮烈なデビュー。バグ役のバリー・キオガンのインパクトが凄い。バード役のフランツ・ロゴフスキにはキワモノのイメージがありましたが、それがこの役にも実によく合っています。
ひとりぼっちだと思っていても、どこかで見守ってくれている人がいる。かなりイカれた作品なので、普通のエンタメ作品がお好きな人にはやっぱり薦めづらい。私には忘れられない作品になりました。すごく好きです。
『遠い山なみの光』
『遠い山なみの光』
監督:石川慶
出演:広瀬すず,二階堂ふみ,吉田羊,カミラ・アイコ,柴田理恵,渡辺大知,鈴木碧桜,松下洸平,三浦友和他
109シネマズ大阪エキスポシティにて、前述の『ダークナイト』の上映終了時刻が21:30。本作の上映開始は21:45で、終了は23:55。日付変わるっちゅうねん。はよ帰りたいと思いつつも、週が明ければ鑑賞可能な時間帯に上映してくれるかどうかわからないから、致し方なく観に行きました。
原作は1982年に刊行された王立文学協会賞受賞作。原作者でノーベル文学賞作家カズオ・イシグロをプロデューサーに迎え、『蜜蜂と遠雷』(2019)や『ある男』(2021)の石川慶監督が映画化。原作未読で観に行き、ミステリーだったから驚いた。日本/イギリス/ポーランド作品です。
1982年。長崎出身で今はイギリスの片田舎に住む悦子(吉田羊)のもとをロンドン在住の次女ニキ(カミラ・アイコ)が訪ねてくる。大学を中退して作家を目指すニキは、戦後に長崎から渡英した悦子のことを原稿にしたい。なかなかすべてを語ろうとしない悦子だったが、話を聴きたがるニキに重い口を開いて語りはじめる。それは1952年に悦子の身の上に起きたこと。
戦後復興期だった当時、悦子(広瀬すず)は夫・緒方二郎(松下洸平)と長崎の団地住まい。お腹の中には赤ちゃんがいる。この夫婦宅にやってきた次郎の父親・誠二(三浦友和)はしばらく滞在するつもりらしいが、仕事に忙しい二郎は誠二に愛想がなく、悦子は誠二を気の毒に思う。
ある日、悦子は男児たちに取り囲まれいじめられている女児・万里子(鈴木碧桜)を見つけ、母親の佐知子(二階堂ふみ)のところへ連れ帰る。べたべたの長崎弁の悦子に対して佐知子は訛りがなく、洗練された雰囲気。聞けば通訳の仕事をしているときに出会ったアメリカ人男性とまもなく渡米予定だと言う。好きなことをすべてあきらめて結婚し、それでも幸せだと思っていた悦子は、自分とまるで対照的な佐知子を見て複雑な思いを抱く。
こうして始まる悦子と佐知子の交流。1982年の悦子の長女・景子は自殺したらしく、この時点でもしかして1952年の万里子が景子なのかなと思ったりもします。佐知子のことのように話しているけれど、本当は悦子のことじゃないのかしら、とも。なにしろ遅い時間からの上映だったし、これより前に観たのが152分の『ダークナイト』だし、少々古い時代の女性を演じる広瀬すずのことはあまり好きではないので、最初から寝るつもりで行きました。ところがこんな感じでミスリードされている感があるものだから、寝ていられない。最後まで見届けることに。
観終わって、不思議な気持ちに包まれます。1952年の悦子の「母親らしくって何ですか」という言葉がよみがえる。妻は夫に従順でいるのが当たり前で、貞淑な妻だった悦子のドスのきいた声が響き渡る瞬間。あまり好きじゃないと思っていたのに、みんながこぞって広瀬すずを起用したがる理由がわかった気がしました。
『ダークナイト』【再上映】
史上最高のスーパーヒーロー映画と称される『ダークナイト』(2008)が109シネマズ大阪エキスポシティのIMAXシアターで再上映されていました。わりと最近も再上映を観たような気がしていましたが、なんだかんだで5年前。いまどき配信でも観られるものを劇場で上映して客入るんかいなと思いきや、やっぱり劇場で観たい人が多いんだわと嬉しくなる客の入り。
ご存じのとおり、本作は“バットマン”シリーズのうちの1本です。“バットマン”シリーズにもいろいろあるけれど、これは『バットマン ビギンズ』(2005)の続編。本作の続編になるのが『ダークナイト ライジング』(2012)。三部作のいずれも公開当時に劇場で観なかったのは、この頃の私は“バットマン”にまったく興味がなかったからだと思われます。今もバットマンそのものにはあまり関心がないけれど、映画としてのバットマンには大いに関心があります。
何度目であろうとめちゃめちゃ面白い。ジョーカー役のヒース・レジャーの演技には舌を巻く。今やジョーカーといえばホアキン・フェニックスですが、ホアキンのジョーカーもヒースのジョーカーあってのものだという気がします。ヒースのジョーカーがなかったら、ホアキンのジョーカーもなかったんじゃないかなって。
バットマン/ブルース・ウェイン家の執事を演じるマイケル・ケイン、バットマンスーツの開発者を演じるモーガン・フリーマンは共に現在アラ卒寿。ふたりともいなくなったらそれはそれは寂しく私が感じる俳優です。ゴッサム市警の警部補ゴードン役のゲイリー・オールドマンも本当に良い役者だし、みんなまだまだ元気でいてほしい。
クリストファー・ノーラン監督って凄いとあらためて思う。再上映があればまた観たい作品です。
『ベートーヴェン捏造』
『ベートーヴェン捏造』
監督:関和亮
出演:山田裕貴,古田新太,染谷将太,神尾楓珠,前田旺志郎,小澤征悦,生瀬勝久,小手伸也,野間口徹,遠藤憲一他
109シネマズ箕面にて前述の『ブラック・ショーマン』を観終わったのが20:30。本作の上映は21:30からで、えーっ、1時間も空くのに、私、予約したんかいなと、昼間なにも考えずに自分の取った行動に呆れつつ、取っちまったものは仕方がない。車を一旦出庫してローソンで買い物をして再び箕面キューズモールに入庫。ロビーで本を読みながら開場を待つ。
かげはら史帆の『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』を関和亮監督が映画化。原作のノンフィクションはもとは修士論文なのだそうです。ベートーヴェンを崇拝する秘書がご主人様の人物像を偉大な作曲家にふさわしい姿に捏造していたという事実があるなんて知らなんだ。
映画データベースなどのあらすじを読んでも、予告編を観ても示されていないことですが、本作の最初の舞台は中学校なんです。 教師の面々として登場するのは、後の昔話に登場する作曲家その他の人々と同じ面々。音楽室に筆箱を忘れた男子生徒・野村(柊木陽太)が取りに行ってみると、そこにはピアノを弾く音楽教師・黒田(山田裕貴)が。忘れ物だけ取って帰ろうとする生徒にほとんど無理やりピアノを聴かせてベートーヴェンについて語り始める教師。そして繰り広げられる昔々の話。
ドイツに生まれた天才作曲家ベートーヴェン(古田新太)。耳が聴こえないという困難をも乗り越えて世界にその名を轟かせた彼は、人間的にも素晴らしいように言われているが、実はとんでもなく下品で自己チューな人物。彼の忠実な秘書シンドラー(山田裕貴)は、偉大な歴史的作曲家という主人のイメージを守るべく、その人物像を捏造することに躍起になるのだが……。
バカリズムの脚本はいつもとても面白いから期待して観に行きました。途中までは面白かったのですが、うーむ、かなり退屈。寝るってば(笑)。視点が面白いことは間違いないのに、シンドラーの必死さばかりが目に映る。ご主人様について悪いことが書かれそうになるとそれを阻止しようと懸命で、それが世に出てしまうと後からその部分を削除して自分で改訂版を出版する。シンドラーの所業に気づいたジャーナリスト・セイヤー(染谷将太)のことを殺しかねない勢いです。偏愛って怖い。
偉大な音楽を作る人はそのままに偉大であってほしい気もするけれど、普通の人にあんな音楽は作れない。普通の人間の想像の及ばない人物だからこそ、あんな音楽が作れるのでは。バカリズムの脚本にしては退屈ではあるものの、ベートーヴェンの作曲に関する逸話もいろいろ聞けた点は面白かったです。
『ブラック・ショーマン』
『ブラック・ショーマン』
監督:田中亮
出演:福山雅治,有村架純,成田凌,生田絵梨花,木村昴,森永悠希,秋山寛貴,犬飼貴丈,岡崎紗絵,森崎ウィン,丸山智己,濱田マリ,伊藤淳史,生瀬勝久,仲村トオル他
公開初日の晩、109シネマズ箕面にて鑑賞。
原作は東野圭吾の『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』で既読。そのときの感想はこちら。事件の内容も犯人もほぼ全部忘れていました。覚えているのは、東野圭吾作品の中では好きではなかったということだけ。起きている事件はわりと重いのに、謎を解明するオッサンがやたら軽くて、しかもスベる人。そのせいでイケメンはイメージできなかったから、福山雅治が演じると聞いたときは意外でした。そうだなぁ、原作からは私は生瀬勝久のほうをイメージするかも。
2カ月後に結婚を控える神尾真世(有村架純)が婚約者の中條健太(伊藤淳史)と共に式場で打ち合わせに臨んでいたさい、父親の英一(仲村トオル)の訃報を受ける。急いで帰郷するが、英一が何者かに殺されたらしいと知って呆然。定年を迎えるまで中学校教諭だった英一は教え子たちから慕われ、周囲からの人望は厚かった。誰の恨みも買うはずなどないのに、いったいなぜ殺されたのか。
殺害現場となった実家で、真世が刑事の木暮大介(生瀬勝久)と柿谷誠一(丸山智己)に英一の話をしていると、突如として現れたのは英一の弟である武史(福山雅治)。形の上では英一と武史は同居の家族だったことになっているが、武史がここへ帰ってきたのは何年かぶり。武史はかつてラスベガスで名を馳せたマジシャンで、今は恵比寿のバーのオーナー。虫の知らせで久方ぶりに戻ったと言う武史を木暮は怪しむ。
そんな刑事の疑いを逆に利用して、武史は英一を殺した犯人を調べることに。いくらマジシャンとはいえ、嘘も盗みも厭わない武史のやり方を非難しつつも一緒に真相を突き止めたいと思う真世。すると、英一の教え子だった真世の同級生たちがいずれも最近英一と連絡を取っていたことがわかり……。
原作に面白い印象がなかったこともあって期待度は低めでした。そのおかげでこの映画版は冒頭から華やかなマジックショーを見た気にさせてもらえるのが楽しい。こんな気障な役は福山雅治以外にできそうにもありません(笑)。
コロナの煽りを受けた町でそれぞれに困った事情を抱える元生徒たち。彼らの頼みの綱は、中学時代は最も冴えなかった釘宮克樹(成田凌)。オタクだった彼は漫画家として成功し、漫画『幻脳ラビリンス』が大ヒット連載中。みんな彼のことをバカにしていたくせに、こうしてスターとなるや群がる。広告代理店勤務の九重梨々香(岡崎紗絵)はまるでマネージャーのごとく彼に張りつき、幻ラビで町おこしを狙う建設会社の跡取り息子である柏木広大(木村昴)に銀行勤務の牧原悟(秋山寛貴)は逆らえない。英一の遺体の第一発見者は酒店を営む原口浩平(森永悠希)で、酒瓶のエチケットに幻ラビの登場人物を使用できたらと密かに思っています。また、幻ラビで町に観光客が押し寄せることを祈るのは旅館の女将の池永桃子(生田絵梨花)で、その夫の良輔(森崎ウィン)は同級生ではないけれど英一の教え子。
善人だから恨まれないということはなくて、善人であるがゆえに図らずも誰かの秘密に触れてしまうことがある。しかも善人は無邪気にそれを解決しようとして、「触れる」どころか「障ってしまう」のですね。人って、むずかしい。