『ムサン日記 白い犬』
監督:パク・ジョンボム
出演:パク・ジョンボム,ジン・ヨンウク,カン・ウンジン他
ハシゴするとき、できるだけちがう国の作品を選ぶようにしていますが、
効率よくシネマート心斎橋で3本観ようと思ったら、この日は韓国映画ばかりなり。
2本目と3本目に選んだのは気楽に観られそうな作品でしたが、
これはキツイかもとずいぶん迷ったのが1本目。
2年前の鑑賞後、ここにどうしても書けなかったのが『息もできない』(2008)。
あまりにヘヴィーで、しばらく立ち上がれなかったくらい。
その監督・脚本・製作・主演を務めたヤン・イクチュンに続く、
新たな才能と各国で評されているのが、
本作の監督・脚本・製作・主演を務めるパク・ジョンボムなのだそうで。
脱北について描いた作品ですぐに思いつくのは『クロッシング』(2008)ですが、
これは脱北者のその後を描いた作品。
脱北さえできれば人並みの生活が送れる、そんな想像は根底からくつがえされました。
彼らにとって人並み以上の生活の象徴であるナイキはズタズタにされます。
中国との国境に接する北朝鮮の町ムサンから、ソウルへとやってきた青年スンチョル。
脱北仲間のギョンチョルが住む再開発地区のアパートに居候中。
ギョンチョルは、中国でブローカーをする叔父と仲間の仲介役で要領よく稼いでいるが、
愚直なスンチョルにはそんな真似はできない。
脱北者の面倒をみるパク刑事が就職先を探してくれるが、
住民登録票を見れば一目で脱北者とわかり、どこも雇ってはくれない。
違法なポスター貼りで糊口をしのごうとも、貼り方が悪いと雇い主からどやされ、
同業者からは縄張りを荒らすなとボコボコにされる。
孤独な彼が安らぎをおぼえるのは、野良の白い犬に餌をやるときと、
教会の聖歌隊で歌う美しい女性スギョンを見るとき。
聖書を読み、賛美歌を覚え、聖歌隊を見つめていたスンチョルは、
ある日、彼女が父親のカラオケボックスを手伝っていることを知る。
スンチョルは白い犬を連れ帰り、ペックと名づけて可愛がるように。
また、カラオケボックスの深夜のバイトに応募して採用されるが、
この仕事を恥じているスギョンは、教会ではスンチョルを無視。
それでも、バイトに行けばスギョンのそばにいられることを嬉しく思う。
ところが、カラオケボックスの女性客に誘われるがままに、
ノリノリの客たちと賛美歌を歌っていたところをスギョンに見咎められ……。
興味を引かれたのは、『外事警察 その男に騙されるな』では「北朝鮮」という言葉は一度も使われず、
「朝鮮半島」と言われていたのに、
本作では「韓国」と言わず(1箇所だけ出てきますが)、「南朝鮮」と言われていること。
これだけでも簡単に済まされない問題なんだなぁと痛感。
教会で開かれる会合にパク刑事に連れられて参加するシーンは、
うつむいて北朝鮮での出来事を語るスンチョルの後ろ姿だけをとらえた映像が秀逸。
背中だけでここまで心情を表すことができるなんて。
まるでおばちゃんヘルメットのようなスンチョルの髪型は、
やっと散髪したときに、あれは彼を守るためのものだったのだと気づかされます。
そうして、自分の力で生きることを決意したはずなのに、
目の前に広がる過酷なラストシーン。
ここもまた、立ち尽くした後に歩いてゆく後ろ姿が印象的です。
先日のミナミの通り魔事件があった場所は、
ヤキソバパンをつくってくれたシェフがいるお店のまさに真ん前の通りで、
そのお店に行くとき、シネマート心斎橋に行くとき、
いずれも事件のあった場所の50mほど東側のコインパーキングに駐車していました。
この日もそこに駐車してシネマートへ向かったら、たくさんの花束やペットボトル。
事件自体は北朝鮮とは何の関係もないけれど、悲しさと重々しさがかぶって胸が苦しくなりました。
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