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野球の本を読む月間。〈その3〉

さて、『太陽がイッパイいっぱい』が思いっきりツボにハマって「大人買い」した三羽省吾。
この人も野球の小説を書いているではないですか。
『イレギュラー』というその小説は、高校野球の話。
水害に遭った蜷谷村の人々は、仮設住宅で避難生活を余儀なくされています。
練習もままならない蜷谷高校の野球部の投手コーキと捕手モウは毎日ダラダラ。
監督の大木は練習場所の提供者を探していますが、なかなか見つからず。
町には野球の名門である圭真高校、通称K高があり、そのK高監督の結城は大木の教え子。
大木は結城の才能を潰してしまったという思いから、結城には声をかけられずにいました。
しかし、蜷谷高校野球部の話を聞いた結城のほうから声をかけます。
こうして合同練習を開始する名門野球部と田舎の駄目野球部。
読み終わった直後は「まぁまぁ」という感想でしたが、じわじわと沸いてくる爽涼感。
もう1冊、これは同じくマイブーム中の高野秀行のエッセイ。
『異国トーキョー漂流記』の第8章「トーキョー・ドームの暑い夜」が秀逸でした。
著者が知り合った盲目のスーダン人留学生マフディは、プロ野球が大好き。
スーダンには野球というスポーツがないから、イメージできないはずなのに、
ラジオ中継を聴いて独特の興奮に魅せられたマフディ。
ラジオのアナウンサーから学んだ彼の日本語は完璧です。
典型的なアンチ巨人ファンで、世界の誰もが知るヒロシマ、そう広島カープの大ファン。
でも松井秀喜のことだけは大好きで、「だって、あんなでかいホームランを打つじゃないですか」と言う。
東京外国語大学に驚くなかれ一般入試で入学を果たし、日本語の本も実にたくさん読んでいます。
三浦綾子、天童荒太金城一紀。日本滞在たった5年で多彩な小説を読みこなす。
「地租改正」をも漢字で書ける彼は、そのことについて「先生も驚いていましたよ。
ほら、八番バッターがホームランを打ったらびっくりするでしょ?それと同じ」と笑います。
こんなジョークを飛ばせるところも凄い。
「人間は言葉と想像力で『見る』ことができる」。
見たことのないものは想像できないなんて、見える者の思い込み。
高野秀行のエッセイは、面白いだけではありません。
最後に、単行本を買ったまま長らく放置していた、
増山実の『勇者たちへの伝言 いつの日か来た道』を。
50歳になる放送作家の工藤正秋は、阪急神戸線に乗車中、
車内アナウンスの声が「いつの日か来た道」と聞こえて電車を飛び降ります。
それは「西宮北口」を聞き間違えただけ。
けれど、小学生の頃、西宮球場でプロ野球を初観戦した日を思い出し、
球場跡地に建つショッピングモールへと足を踏み入れます。
シネコン入り口横にひっそりとたたずむ阪急西宮ギャラリー。
そこで回想にふけるうち、正秋は当時にタイムスリップし……。
ショッピングモールの名前は出てきませんが、もちろん阪急西宮ガーデンズのこと。
5階のTOHOシネマズ西宮で映画鑑賞前に何度か立ち寄ったギャラリーも懐かしくて、一気読み。
当然野球の話も出てきますが、これまでご紹介した本とは趣が異なります。
正秋の父親・忠秋は能登の貧しい農村の生まれで、北海道の開拓地を経て西宮へ。
そこで出会った在日朝鮮人の女性・安子は、幸せな暮らしが待っていると信じて北朝鮮へ。
タイムスリップしたことによって、今は亡き父親と彼をめぐる人びと、
そして彼らを勇気づけたプロ野球、阪急ブレーブスの面々と出会います。
実在の選手の名前がたくさん出てくるばかりではなく、物語の一員となって登場します。
正秋がまず会いに行くのは、数々の代打記録を持つ高井保弘選手。
ロベルト・バルボン選手が出てきたときには、本の中の安子に声をかけたくなりました。
「チコさん、今も日本にいるよ。福本がしょっちゅうチコさんの話をしてるよ」と。
どの小説にも共通して言えるのは、『イレギュラー』の一文。
「忘れてはならないのは、イレギュラーではボールデッドにならないということ。
どこに当たって痛がっていようが、呆然と立ち尽くしていようが、
プレーは継続されるということだ」。人生も同じこと。

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