『ブラックドッグ』(原題:狗阵)
監督:グァン・フー
出演:エディ・ポン,トン・リーヤー,ジャ・ジャンクー,チョウ・ヨウ,チャン・イー他
前述の『サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件』にがっかりした後、これは絶対私が好きそうだと狙っていた中国作品を観ました。同じくテアトル梅田にて。予想どおり、これは大好きでした。たぶん今年が終わるときに振り返って、好きだった映画の上位にランクすると思います。
本作は第77回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門グランプリとパルムドッグ賞の2冠に輝いた作品。パルムドッグ賞は素晴らしい演技を見せた犬に贈られる賞で、『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』(2014)や『ドッグマン』(2018)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)、『落下の解剖学』(2023)に出演したワンちゃんたちも本賞を受賞しています。
北京オリンピックを目前に控えた2008年。10年前に過失致死罪で捕まった青年ランは模範囚として仮釈放され、故郷の田舎町に戻る。服役前はスタントマンでありミュージシャンだったランは町のスター。彼の帰郷は概ね歓迎されるが、彼に殺された男の身内は許してはくれまい。すぐさまランの家に嫌がらせを仕掛けにやってくる。
出所以来、誰とも口をきこうとしないランを気にかけるヤオは、仕事の世話をしようとする。野犬が問題になっていた北京では、オリンピックを前に商業地の開発を進めようと野犬の捕獲隊を結成。ヤオからそこに参加するように促されて承諾したものの、野良犬ばかりか今まで一般家庭で飼われていた犬までも金を払って登録申請しなければ野犬とみなされる状況に違和感をおぼえる。
あるとき、孤高の黒い犬と遭遇したラン。その犬が賞金首であることを知って追いかける。逃げ足がはやくて取り逃がすが、後日、捕獲隊の面々と共になんとか捕まえて、ケージに入れた犬を運ぶ役目をランが担う。ところが砂漠で暴風に遭って車が横転。さすがに心細そうな犬と一夜を過ごすも最後は噛みつかれ、狂犬病の危険があるとして10日間は外出せずに様子を見るように友人から命じられる。門扉の中に犬を入れ、自身は部屋にこもるようにしていたランは、いつしか犬と打ち解けて……。
オリンピックを控えて整備されてゆく街を見ていると、『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』(2020)を思い出す。長く暮らした街を追い出される人たちが良いところに移れるのかと言えばそうでもない。ランの父親は動物園で寝泊まりし、居場所を失いそうな動物たちのことを憂えている。街が整備されるのと引き換えに、今あるものが潰されてゆくのです。何でもかんでもなかったことにされてしまう。アル中の父親は倒れて入院。彼が最期に飲みたいのは酒で、それを静かに叶えようとするランの姿がよかった。
この流れだと救いようのないラストが待っている可能性もあったけど、そうじゃなかった。静けさの中に逞しさも見えて、生きるってこういうことかもしれないと思いました。
『サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件』
『サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件』(英題:The Undertaker)
監督:ティティ・シーヌアン
出演:チャーチャイ・チンナシリ,ナルポン・ヤイイム,アチャリヤー・シータ,スティダー・ブアティック,ナタウット・セーンヤブット他
タイにおける一般的な興行収入がなんぼほどのものだか知りませんが、異例の30億円の大ヒットを記録した作品だとの触れ込み。これは観に行かなきゃとテアトル梅田へ。昨年開催された第19回大阪アジアン映画祭にて『葬儀屋』のタイトルで上映された作品です。今回の公開に当たって付けられた邦題は、あきらかに『僕と幽霊が家族になった件』(2022)のヒットを受けてのものでしょう。
人々が霊の存在を信じるタイ東北部のイサーン地方。妊婦のバイカーオが首を吊って自殺した後、彼女の幽霊を目撃した人が続出する。しかし、元カレのシアンだけはバイカーオの幽霊に遭遇することができない。バイカーオに未練たっぷりのシアンは、幽体離脱の術をものにしたい。そうすれば霊体となってマルチバースでバイカーオと再会できるはずだからだ。
幽体離脱の術を操れるのは街でただひとりの葬儀屋サクだけ。ちょうどバンコクのロースクールを卒業して帰郷したサクの息子ジュートを通じて、シアンはサクに幽体離脱の術を教えてほしいと頼む。なかなかうなずいてくれないサクだったが、癌に冒されて余命わずかであることを自覚しているサクは、怖がりの息子ジュートと共にシアンが葬儀屋を継ぐならば教えてやると言い……。
何故にこれが大ヒットを飛ばすのか。首吊りのシーンから始まり、次に帰郷したジュートが映し出されるからてっきり彼が主役かと思ったら、主役はシアンのほうですか。登場人物が多くて話もぐだぐだ。途中から話が面白くなることを願いましたがそうはならず。
だいたい、イケメンがひとりもいないのがツライ。イケメンじゃなくても愛嬌があったりしてなんだか憎めない男性だって世の中には大勢いるけれど、このシアンはそうじゃない。今カノの目の前で元カノへの未練を見せまくり、幽体離脱幽体離脱ってやかましいのよ。しかも声がよろしくない。甲高いキャンキャラした声で吠えるもんだから、しょうもないから寝ようと思ってもうるさくて寝られませんでした。
タイ作品って最近面白いと思っていましたが、これは駄目。今年観た中で『親友かよ』はベスト級、これはワースト級。勘弁して。
『沈黙の艦隊 北極海大海戦』
『沈黙の艦隊 北極海大海戦』
監督:吉野耕平
出演:大沢たかお,上戸彩,津田健次郎,中村蒼,松岡広大,前原滉,渡邊圭祐,風吹ジュン,トーリアン・トーマス,ブライアン・ガルシア,ドミニク・パワー,リック・アムスバリー,岡本多緒,酒向芳,夏川結衣,笹野高史,江口洋介他
TOHOシネマズ伊丹にて、前述の『君の声を聴かせて』とハシゴ。
かわぐちかいじの大ヒットコミックを実写映画化した『沈黙の艦隊』(2023)の続編。中高年の男性陣に大人気の戦艦ものに私はさほど興味がありません。それゆえ知識もないから前作の理解は浅めのままで、本作の公開前に地上波で放映されていた前作を観返すこともせず、予習復習なし。
ぼんやりとしか覚えていませんが、とにかく原子力潜水艦“やまと”の艦長・海江田(大沢たかお)が戦争のない世界を目指して独立戦闘国家“やまと”を標榜しているという話でしたよね。「戦争のない世界」というわりには「独立戦闘国家」と名乗るところからして私は違和感を抱いてしまうのですけれども、それはちゃんと読んだり観たりすればわかるのか。まぁいいや。
日本では海江田に賛同する政治家とそうではない政治家に分かれ、やまと推しの首相・竹上(笹野高史)+官房長官・海原(江口洋介) vs 防衛大臣・曽根崎(夏川結衣) vs 民事党幹事長・海渡(風吹ジュン)+外務大臣・影山(酒向芳)という構図ができあがります。
やまとの海江田は米国大統領・ベネット(リック・アムスバリー)と顔をつきあわせて話をするため、ニューヨークへ向かいます。北の海を潜航するやまとの撃沈を米国の原子力潜水艦に託すベネットでしたが、海江田の賢いこと。どんな攻撃もかわして最新鋭の2隻を返り討ちにしちゃうんですよねぇ。そればかりか、その後ニューヨークに近づいたときは、総力を挙げて攻撃を仕掛けてこられても反撃しない。やまとのほうからは攻撃することなく、いわば丸腰で応戦するせいで、ベネットは罪悪感を抱いてしまうという。なんかこの対戦がまるでゲームのようで、話について行っていなくても面白い。
気になったのは米国最新鋭原子力潜水艦の艦長を務めるベイツ兄弟の名前。弟のほうでしたっけ、ノーマン・ベイツって、ヒッチコックの『サイコ』(1960)の奴と同じ名前でしょ。どうしてそんな設定にするのか、これはパロディーなのかしらと思いました。日本と米国が対戦して前者が後者を負かす作品を観ると、アメリカ人俳優は何を考えながら演じているんだろうとついつい想像します。どんな感じなのでしょう。
今回は津田健次郎がひとりでオイシイところを持って行っている気がしませんか。はい、なんだかんだで面白かったので、早いうちに続編をお願いします。
『君の声を聴かせて』
『君の声を聴かせて』(英題:Hear Me: Our Summer)
監督:チョ・ソンホ
出演:ホン・ギョン,ノ・ユンソ,キム・ミンジュ,チョン・ヨンジュ,ヒョン・ボンシク,チョン・ヘヨン他
TOHOシネマズ伊丹にて。
台湾の『聴説』(2009)の韓国リメイク版で、この週かなり優先度高しと思っていた作品です。なぜか『きみの瞳が問いかけている』(2020)のリメイクだと勘違いしていて、えらく話が違うなぁと思ったら、そもそもあっちは視覚障害者、こっちは聴覚障害者の話でした。単に「君の」繋がりの勘違い。
監督は『エンドレス 繰り返される悪夢』(2017)のチョ・ソンホ。主演は『コメント部隊』に出演していたホン・ギョン。共演のヒロイン役はノ・ユンソ。彼女の妹役を日韓合同アイドルグループ“IZ*ONE”の元メンバー、キム・ミンジュが演じています。
弁当屋の息子ヨンジュン(ホン・ギョン)は大学を卒業したものの就職せず、家でボーッとする毎日を送っている。業を煮やした母親(チョン・ヘヨン)はせめて弁当屋を手伝うように言う。小遣いをアップしてやるからという言葉に釣られて配達に訪れたプールで、ヨンジュンは聾唖者とおぼしき女性ヨルムを見かけて一目惚れ。何かのときのためにと学生時代に習った手話を使い、まずは彼女の妹で同じく聾唖者の水泳選手ガウル(キム・ミンジュ)に近づき、ヨルムの情報を得ようとする。電話番号を教えてほしいというヨンジュンに、ガウルは直接尋ねればと笑う。
その後、単車が動かなくなって困っているヨルムを発見。急いでいる彼女に自分の単車との交換を申し出て、修理も請け負う。友人のジェジン(チョン・ヨンジュ)に至急の修理を頼み、翌日ヨルムと会う約束を取り付けるヨンジュン。最初は多少警戒している様子だったヨルムも何かと世話を焼いてくるヨンジュンと過ごす時間が楽しくなるのだが……。
ヨルムの夢はガウルのオリンピック出場。そのためにバイトと学校のとき以外はプールに通い詰めてガウルを支えています。ガウルの身に何かあってはいけないと常に一緒にいたヨルムですが、ヨンジュンに恋をする。ガウルに後押しされて出かけたときに自宅で事故発生。ガウルが病院に運び込まれると、責任を感じるヨルムはヨンジュンとの連絡を絶ちます。
ヨルムにフラれて傷心のヨンジュンを見守る両親。あれほどご機嫌だった我が息子の元気がなくなるのを見て、母親はすぐに息子が失恋したことを悟ります。どんな子にフラれたんだと問うと、彼女は耳が聞こえない、声も出せないと言う。息子の恋を応援したいけど、相手が聾唖者だなんてと考え込む母親に対し、ヒョン・ボンシク演じる父親のあっけらかんとした様子がめちゃめちゃイイ。「なんで? 耳が聞こえたって話の通じない奴、いっぱいいるよ」。笑いました。その通り。
以上、ネタバレを含んで書いてしまいましたが、さらにネタバレ。実はヨルムは聾唖者ではないというオチが待っていて「はぁ?」。両親とその娘ふたりという家族の中で、耳が聞こえるのはヨルムだけ。つまり彼女は「コーダ」なんですよね。そうとは知らずに、ヨルムと一緒に働けば楽しそうだからと実家の弁当屋でのバイトを勧めるヨンジュン。聾唖者に仕事探しは難しいと思っているかのようで、それもどうかと思ったけど、息子の彼女を受け入れることにした両親の前でいきなり喋り出すヨルム。私は耳が聞こえるし喋れるのよと最後に言われても、なんじゃそりゃと思ってしまった私でした。(^^;
『俺ではない炎上』
『俺ではない炎上』
監督:山田篤宏
出演:阿部寛,芦田愛菜,藤原大祐,長尾謙杜,三宅弘城,橋本淳,板倉俊之,浜野謙太,美保純,田島令子,夏川結衣他
キノシネマ心斎橋で前述の『ラスト・ブレス』を観た後、シアタス心斎橋に移動して。
原作は浅倉秋成の同名小説。読了時の感想はこちら。監督は『AWAKE』(2020)の山田篤宏。脚本は『空飛ぶタイヤ』(2018)、『糸』(2020)、『護られなかった者たちへ』(2021)、『ラーゲリより愛を込めて』(2022)、『ディア・ファミリー』(2024)、『少年と犬』(2024)など、数えきれないほどのヒット作を手がける林民夫。
大手ハウスメーカーの部長・山縣泰介(阿部寛)が部下の野井(板倉俊之)を連れて取引先を回っていたある日、昼食を摂るために訪れた店で周囲からの視線を感じる。泰介にスマホを向けて写真を撮ろうとする若者もいて意味不明。すると、社長から直ちに帰社するよう連絡が入る。社長室へ入ると「なんということをしてくれたんだ」とどやされ、泰介のものとおぼしきSNSのアカウントに女子大生の遺体画像が投稿されていることを知る。10年以上前に作られたらしいそのアカウントには、泰介の私物の写真がアップされており、世間は泰介を殺人犯として認識。瞬く間に自宅も勤務先もネット民によって確定され、情報が拡散される。
会社にも非難の電話が殺到し、とりあえず帰宅するように社長から命じられた泰介だったが、自宅には野次馬が押し寄せ、郵便受けにはネギが突っ込まれるという嫌がらせが。妻の芙由子(夏川結衣)は義母(田島令子)宅に避難。一人娘の夏美にも自宅には戻らないように連絡済みだと芙由子は言う。自宅に入ることもできず、車庫に駐めていたベンツに乗って逃走を図る泰介。
そもそも今回の炎上のきっかけは、大学生インフルエンサーの住吉初羽馬(藤原大祐)が友人から送られてきた画像をフェイクではないとしてリツィートしたこと。自分のせいでたいした騒ぎになったといっても、この山縣という男が犯人であることは間違いないから良いことをしたと思っている初羽馬のもとへ、サクラ(芦田愛菜)と名乗る女子大生が連絡してくる。サクラは泰介に殺された女性の親友で、何が何でも泰介を見つけたいのだと。泰介の行方を突き止めると言うサクラのために初羽馬は車を出して一緒に追いかけるのだが……。
大人気の脚本家ではありますが、私はこれまでの作品でもその改変が気になります。たとえば『護られなかった者たちへ』では原作の犯人が男性であったのに対し、映画版では女性が犯人でした。それには無理があると思ったものです。また、『少年と犬』では原作で最初に亡くなった青年が映画版では死なずに主人公。まるで違う話になっとるやないかいと思いました。本作はおおむね原作通りと思いきや、やはり大幅に改変されているではないですか。原作では取引先の男性社員が「山縣さんは犯人ではない」と信じる理由が好きだったのですが、映画版ではその男性社員・青江(長尾謙杜)ではなくて芙由子が刑事(三宅弘城&橋本淳)に理由を語って聞かせる。で、まさかまさかの改変が待っていました。(^^;
『護られなかった者たちへ』には「汚名を挽回する」という台詞が出てきたから、この脚本家と聞くと日本語への信頼度が下がります。本作での「ら抜き」への指摘は良いとして、「全然」は否定形とセットでしか使っちゃいけないという話については、根拠のないことだよと思うのでした。パスタを食べるのにスプーンとフォークを使ってズルズル言わせてすするのも個人的には許しがたいシーン。原作よりわかりやすかったけれど、些細なことを不満に感じてしまう作品でした。
でも、愛菜ちゃん、サイコー。人のせいにばかりする人間にはならないようにしなくちゃ。「悪かった」と言い合う家族の姿はよかった。