《た》
『TATAMI』(原題:Tatami)
2025年のアメリカ/ジョージア作品。Amazonプライムビデオにて配信。
ジョージアの首都トビリシで開催中の女子柔道世界選手権。イラン代表選手のレイラ・ホセイニは監督のマルヤム・ガンバリと共に会場入りし、金メダル候補を相手にしても怯まず順調に勝ち進む。ところがこのままではイスラエル選手と対戦の可能性が出てきた途端、負傷を装って棄権するようにとマルヤムを通じてイランの柔道協会から指示される。イラン初の金メダルがかかっているというのに、そんな理不尽なことがあろうかと抗うが、当局は本国でレイラを応援中の両親を逮捕。危険を察知して実家から出ていたレイラの夫ナデルと幼い息子アミルは難を逃れるが、見つかれば何をされるかわからない。マルヤムも当局から脅され、レイラに棄権するように迫り……。
敵対国とスポーツで対戦してはいけない意味が私にはわかりません。協会からは何度も脅され、レイラが従わないと見るや外交官がやってきて阻止しようとする。彼女がどういう状況にあるのかを知った世界柔道連盟の関係者はレイラをなんとか救いたいと考えるけれど、なんてったってレイラに試合をやめさせようとしているのはイランの国家指導者。そんなのに対抗したら何をされるかわかりません。結局権力に屈しない道を選んだレイラは準決勝で敗れますが、試合後に家族やマルヤムと一緒に亡命。以後、イランはすべての国際大会に出ることを禁じられます。イランではレイラもマルヤムも裏切り者扱い。数年後のフランス大会に難民代表として出場するシーンで終わります。イスラエル出身のガイ・ナティーヴとイランの女優ザール・アミールが共同で監督を務めています。マルヤムを演じているのがそのアミール。不屈の精神の持ち主なのでしょうね。こんなふうに両者が手を取り合って映画を撮ることだってできるのに。心を痛めている人がたくさんいるはず。
《ち》
『茶飲友達』
2022年の日本作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。
モチーフとなっているのは、高齢者をターゲットにした会員制売春クラブが2013年に売春防止法違反で摘発された事件なのだそうです。監督は『ソワレ』(2020)の外山文治。ENBUゼミナールの“ENBUシネマプロジェクト”第10弾。
新聞に「茶飲友達募集」という3行広告を出し、連絡してきた高齢男性に高齢女性を斡旋する売春クラブ“ティーフレンド”。経営者はかつて風俗で働いていた30代の女性・マナ(岡本玲)。厳しい母親と良い関係を築けなかったマナは、ティーフレンドのスタッフたちをファミリーと呼び、どんな困り事にも親身に対応している。ある日、スーパーで万引きしようとしている60代の女性・松子(磯西真喜)を助けると、松子にもティーフレンドで働いてみないかと誘う。一時は自殺も考えた松子だったが、マナに出会ってからは生き生きとした毎日を送るようになるのだが……。
実際には70代の男性が経営者だったとのこと。それをこんな30代の女性に置き換えたことにより金儲けを目的としたクラブだったという意味合いが薄まっているように思います。伴侶に先立たれた独居老人たち。金はあるけどしゃべる相手がいない。セックスしたかったわけではなく、単にしゃべる相手がほしくて連絡してみただけだったとしても、バイアグラをあてがわれて服を脱がされたらそんな気になっちゃうんですね。それがホッとする瞬間になり、このまま死ぬだけだと思っていたのに人生が変わる。その幸せそうな表情がなんとも言えなくて。老人ホームにも女性を送り込むことで一気に顧客を拡大するもビジネスが露見することに。外山監督はほかにも老老介護や高齢者の婚活を描いた作品を撮っています。観てみたい。
《つ》
『ツイスタータウン ジョプリン竜巻を生き延びて』(原題:The Twister: Caught in the Storm)
2025年のアメリカ作品。Netflixにて配信。
2011年5月22日にミズーリ州ジョプリンで発生した巨大竜巻。人口約5万人の中規模都市を突き抜けたこの竜巻は、時速200km超、ピーク時の幅はなんと1.5km超。推定8千戸の家屋が被害を受け、死者は158人に。アレクサンドラ・レイシー監督は竜巻から生き延びた若者たちの視点で描いています。卒業式の直後に竜巻襲来って、これは映画か何かですかと聞きたくなるほどあり得ない惨劇。感染症で生死の境をさまよいながらも、人生で経験したすべてのことに意味があると語る男性、ゲイであるがゆえにかつてはいじめられたこともあるけれど、それでもこの町が好きだという男性の話が印象に残っています。『ツイスターズ』(2024)が大好きだった私は好奇心のみでこのドキュメンタリーを鑑賞しましたが、竜巻がもたらした被害には言葉を失う。再建に懸ける住人の不屈の魂。
《て》
『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』(原題:Thelma)
2024年のアメリカ/スイス作品。Amazonプライムビデオにて配信。
ロサンゼルス郊外在住のテルマは93歳。愛する夫テディに先立たれた後はひとりで暮らしているが、娘のゲイルとその夫アランは近居しているし、24歳の孫ダニーは頼れる相談相手で、パソコンやスマホの使い方をいつも丁寧に教えてくれる。ところがある日、その心優しき孫を装った電話に騙される。ダニーのふりをした男から「車で妊婦を轢いてしまい、留置場にいる。保釈金が必要だ」と言われて気が動転。言われるがままに1万ドルを用意して指示された住所宛てに送る。事情を聴いた娘夫婦とダニーは、テルマが無事だったのだからそれでよいと言ってくれたものの、テルマはどうしても1万ドルをあきらめきれない。しかも隣の部屋から漏れ聞こえてくるのは、「テルマのぼけが始まっているからひとり暮らしはさせておけない」などなどという娘たちの声。名誉を挽回するためにも自分で犯人を見つけて金を取り返したいと思い……。
役名のテルマ・ポストは本作で監督を務めたジョシュ・マーゴリンの祖母の実名。祖母テルマが電話による詐欺に遭ったことがモチーフとなっているそうです。テルマ役は御年96歳の大ベテラン女優ジューン・スキッブ。詐欺に遭ったと知ったときの表情を見ると『ジェリーの災難』と同じように切ない。犯人探しを思い立ったテルマがスマホで旧友に片っ端から電話をかけると、みんな他界しているところは失礼ながらちょっと笑っちゃいました。唯一生きていたのは友人の夫でどちらかと言えば苦手だった爺ベンだけ。ふたりしてシニアカーで疾走する様子が頼もしい。見事に突き止めた犯人は、マルコム・マクダウェル演じるアンティークの照明屋の店主。世間の人たちは何でもかんでもネットで購入するようになってこんな店は流行らないからと犯罪に手を染める。それにしたって、老人が老人を騙す時代なんですね。ベンを演じたリチャード・ラウンドトゥリーの遺作となりました。合掌。
《と》
『トラブル・ガール』(原題:小曉)
2023年の台湾作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。
ADHD(注意欠如・多動症)の少女シャオシャオは学校で疎まれて孤立している。父親は出張ばかりで家にはほぼ不在。ひとりでシャオシャオの世話をする母親はいっぱいいっぱいで、シャオシャオのことを相談していた担任教師ポールと不倫の仲に。先生だけが自分のことを気にかけてくれる存在だと思っていたのに、母親といつのまにかそんな関係になっていることに気づいてしまったシャオシャオは……。
前知識なく観はじめたら、シャオシャオがADHDということが最初はわからなくて、どうにも手のかかる子だなぁ、母親も先生も大変だなぁなんて思っていました。私が小学生だった頃は、学校にこんな子はいくらでもいたけれど、病名なんて付いていませんでしたから。みんなと友達になりたいシャオシャオ。でも同級生たちは彼女のことを怒らせようとからかうばかり。怒って反撃すると、今度は保護者たちから問題視される。なぜみんな優しくなれないのかと腹立たしくなるものの、私ならどうするだろうと自問。どうにもできないと思うのでした。母親役のアイビー・チェンの葛藤ももっとも。先生役にはテレンス・ラウ。やっぱりイケメン。
今年観た映画50音順〈さ行〉
《さ》
『サイレンサー』(原題:Fast Charlie)
2023年のアメリカ/イギリス作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。ピアース・ブロスナン主演にもかかわらず、日本では劇場未公開。
ミシシッピ州ビロクシに暮らすチャーリーは熟練の殺し屋。海軍を名誉除隊した後、恩義あるマフィアのボス・スタンに忠誠を尽くし、近頃物忘れの激しくなったスタンの面倒を見ている。そろそろ一線を退いて大好きなイタリアで隠遁生活を送ろうと考えていた矢先、敵対組織で躍進中のチンピラ・ベガーの襲撃に遭い、スタンを含む仲間を全員殺されてしまう。たったひとりの生存者となったチャーリーは、最近自らの手で殺した標的ロロが何やらベガーの弱みを握っていたことを知り、ロロの妻マーシーのもとを訪ねる。ロロとマーシーの婚姻関係はとっくに破綻していたから、ロロが死んでマーシーはむしろ清々した様子。チャーリーはマーシーの協力を得て、ベガーが執拗に狙うものを見つけることに。この仕事を片付けたら殺し屋人生とはおさらば。最後にすべて清算しようとするのだが……。
近年のピアース・ブロスナンはといえば、あまりカッコイイ役がありませんでした。この彼はとても渋くてカッコイイ。マーシー役のモリーナ・バッカリンが綺麗で見惚れました。ピアースは今年72歳。ふた回り以上年下のモリーナと恋に落ちるとかやめてよと思っていたらそうなる(笑)。ただ、クリント・イーストウッドみたいに今にも倒れそうではないし、キスシーンすらない控えめさがよかった。スタンを演じたジェームズ・カーンの遺作となりました。合掌。
《し》
『シンパシー・フォー・ザ・デビル』(原題:Sympathy for the Devil)
2023年のアメリカ作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。
妻の出産に立ち会うべく急いで車を走らせるデイビッド(ジョエル・キナマン)。病院の駐車場に到着し、妻のもとへ駆けつけようとしたその瞬間、見知らぬ男(ニコラス・ケイジ)が車に乗り込んでくる。銃を向けられて車を出すように言われ、男がいったい誰なのか、目的は何なのかもわからないまま、指示に従うしかなくなったデイビッド。事情を聞き出そうとするも男はまったく取り合わず、説得するのはもちろん無理。脱出を試みるたびに失敗し、妻子の身に危険が及びそうで困り果てたデイビッドは……。
不愉快なことこのうえない作品です。ほとんど二人劇のごとく話は進みますが、ニコラス・ケイジ演じる男が「おまえ誰やねん、はよ死んでくれ」と言いたくなる奴。エンディング間近になって、ようやく男の妻子がかつてデイビッドのせいで死んでしまったことがわかるけど、逆恨みもいいとこ。百歩譲ってその恨みが理解しうるものだとしても、だったらデイビッドだけ殺せばいいのに、むやみやたらと車を走らせ、行く先々で関係のない人を殺す。車を停めた警官を射殺したかと思えば、立ち寄ったダイナーの客や従業員も躊躇なく撃ち殺し、イカれた奴としか思えません。やっぱり苦手、ニコラス・ケイジの顔。
《す》
『スタントマン 武替道』(原題:武替道)
2024年の香港作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。
香港映画の黄金期にアクション監督として活躍したサム(トン・ワイ)は、映画の出来を最優先するあまり撮影現場で重傷者を出したことがある。そのせいで「命を軽視する監督」と揶揄されてしばらく仕事から遠ざかっていたが、旧知のベテラン監督に請われ、アクション監督として復帰する。共に組むことになったのは、安全を最優先にしつつ誰もが認める中堅アクション監督ワイ(フィリップ・ン)が率いるチーム。ワイのクルーは無茶ばかり言うサムに従おうとしない。サムは助監督として若手スタントマンのロン(テレンス・ラウ)を抜擢し、ワイとの間の問題解決を押しつける。スタントマンでは食っていけないからやめるようにと兄から言われていたロンは、自分の夢を叶えようと奮起するのだが……。
サムがあまりに勝手なので、終盤までイライラしました。口を開けば「昔はこうだった」。金とは関係なく体を張ったとか、納得行くまで撮影したとか、許可を取らなくても路上ロケを敢行したとか。そりゃ誰も聴きません。そのうえ、若い頃に仕事第一だったせいで冷たい娘チェリー(セシリア・チョイ)になんとか機嫌を直してもらおうとあれこれするのも鬱陶しい。陶芸の工房を持つ娘に素人が手作りした陶器をプレゼントして喜ぶと思いますか。そうすれば娘が喜ぶとアドバイスするロンもロンだ。何はともあれ、本作を観たかったのはテレンス・ラウが出ていたからなので、彼を見られただけでじゅうぶん。そして、イライラすると言いつつも、サムたちベテラン3人が並んで映画を観ているシーンにはグッと来たし、ロンに説教ばかりしていた兄がダンボールを用意してくれるところも泣きました。結局泣いとるんかい!
《せ》
『成功したオタク』(英題:Fanatic)
2021年の韓国作品。各国の映画祭で上映され、日本では2024年に春に公開。同年秋にU-NEXTにて先行独占配信された後、今年Amazonプライムビデオにて配信。
韓国芸術総合学校の映画科に通う女子大生オ・セヨンが監督を務める異色のセルフドキュメンタリー。彼女は中学生の頃からK-POPスターチョン・ジュニョンの大ファン。韓服を着て会いに行ったことが功を奏し、推しのジュニョンに名前を覚えてもらったばかりかテレビ共演まで果たす。それゆえファンの間では「成功したオタク」として一目置かれる存在。ところが彼女が大学2年になった2019年、ジュニョンが性加害事件で逮捕され、集団性暴行罪で有罪判決を受ける。好きで好きでたまらなかった推しが悪事を働いて消え去るということ。推し活がすべてだった彼女はこれからどうしてよいかわからず、同じ思いをしているはずの推し活仲間のもとをカメラを携えて訪ねることに。ジュニョンのファンのみならず、ジュニョン同様に何らかの罪を犯して逮捕されたスターのファンにもインタビューしてそれぞれの思いを聴きます。
「推しがある日突然犯罪者になる」というのは確かに衝撃的。しかも性加害事件というのはある意味どんな事件よりも衝撃的ではないでしょうか。単にファンに聴いて回るだけではなく、記者パク・ヒョシルにインタビューしているのも良いところ。ジュニョンはこの事件の3年前にパク記者によって盗撮行為をスクープされましたが、検察が嫌疑不十分で処分なしとした結果、パク記者は世間から激しい非難を受けるはめに。結局、そのスクープが正しかったということですよね。オ監督はパク記者に会い、謝罪をしています。パク記者はつまりは熱狂的ファンはパク・クネ元大統領の無罪を信じる支持者と同じだと表現していて、すかさずパク・クネ支持者の集会にオ監督が潜入するのも面白い。ドキュメンタリー作家としての彼女のこれからに期待します。
《そ》
『ソーシャル・クライマーズ』(原題:Sosyal Climbers)
2025年のフィリピン作品。Netflixにて配信。
不動産販売の職に就くジェサ(♀)は、ある富豪の葬式で故人の息子とおぼしき男性に声をかけるが、彼は故人のファイナンシャルアドバイザーのレイ(♂)だった。仕切り直して今度こそ故人の遺族に声をかけ、故人が不動産の購入を検討していたことを話すと、遺族たちからこんな場で不謹慎だと怒られる。助け船を出してくれたのがレイで、彼のおかげで遺族と取引が成立して万々歳。これが縁でふたりは交際を開始、同棲に至る。しかし投資詐欺にひっかかったレイは、ウマい話があると投資を持ちかけた近隣住民から金の返済を求められて大慌て。ジェサが管理する不動産をとっとと売却して手数料を得れば、それで金は返済できるはず。ふたりは売り物の豪邸を丹念に掃除して買い手が来るのを待っていたが、ふたりを新しい住人だと勘違いして隣人が挨拶にやってくる。真実を話そうとするも、この高級住宅街で開催される仮装コンテストの優勝賞金の金額を知り、身分を偽って参加するのだが……。
「ソーシャルクライマー」とは、上流階級入りを目指す人のことだそうです。どこの国の作品かもわからないまま観はじめましたが、まず知り合ってふたりが何度も会ってヤリまくってから「僕とつきあって」「はい」というやりとりに唖然。え、まだつきあってたんじゃないのか(笑)。良くも悪くもないラブコメだと思っていたら、残り30分というところでなかなかのサスペンスフルな展開に。ふたりの嘘を知ったあくどい美術商が、絵の才能を持つレイにガンガン描かせて金持ちに売りつけようとします。悪役の顔も台詞もめっちゃ嫌な感じで、しかも古くさい。ひと昔前の映画を観ているような気分になりました。
今年観た映画50音順〈か行〉
《か》
『カウントダウン』(原題:焚城)
2024年の香港作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。
1996年、財政長官のファンは他国で排出された金属ゴミを積極的に輸入し、経済大国となる道を選ぶ。しかしそのせいで金儲けを目論む悪徳業者が横行し、危険物が持ち込まれたコンテナターミナルで火災が起きる。この事故でファンの妻を含む消防士たちが死亡。義弟は姉の死の責任をファンに問い、決して許そうとしない。これをきっかけにファンは政界を離れると学位を取得して環境汚染の専門家となる。2007年、リサイクルヤードで火災が発生。すぐに鎮火可能と思われたが、火災発生場所から高濃度セシウムが検出される。折しも香港には台風が接近中。セシウムが水に触れれば香港全域が放射能汚染に見舞われるだろう。国民がパニックに陥ることを恐れる政府高官は事態を隠そうとするが、ファンは反対。万が一のときのことを考えて国民に逃げる時間を与えるべきだと主張し……。
ファン役がアンディ・ラウ。この人はいくつになっても男前だけど、やっぱり「正しい人」なんですよね。まぁ、正しくないとアンディ・ラウじゃないか。政府高官役にカレン・モク。この人の最近の役って、香港のアンジェラ・バセットみたい(笑)。火災現場の迫力が凄いので、ストーリーはともかく、大画面で観たかった作品です。
《き》
『キラー・ザ・ハイヒール』(原題:This Game’s Called Murder)
2021年のカナダ作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。
ファッション界の大物ウォーレンドルフ(ロン・パールマン)は、深紅のハイヒールの斬新なCMで有名になるが、実はそのCMはいわゆるスナッフフィルムで、撮影では本当に殺人がおこなわれていた。深紅のハイヒールを履きたい女性軍団がウォーレンドルフ社の輸送車を狙って襲撃をかけると、積み荷はハイヒールではなくインスタントラーメンでがっかり。とっとと運転手を殺すと、輸送車ごと森の奥の池の端に放置する。ラーメンの中に金塊を隠していたウォーレンドルフ夫人(ナターシャ・ヘンストリッジ)は、輸送車が消えたと知って怒り狂う。こんな夫婦の娘ジェニファー(ヴァネッサ・マラーノ)はインフルエンサー。父親がハイヒールではなく個人情報を売って儲けていることを知っているし、スナッフフィルムを撮影していることも知っている。また、母親が金塊を持って浮気相手と逃げようとしていることや、輸送車の行方を突き止めるために使用人を殺していることも承知のうえで……。
邦題からハイヒールが殺人鬼になると思っていたら違った(笑)。ちょっとジャン=ピエール・ジュネを思わせるアーティスティックな作品でした。
《く》
『クマ男 シークレット大捜査』(英題:Bear Man)
2023年の韓国作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。日本では劇場未公開。
1997年、種の保存研究所ではクマを野に放ち、成長を見守るプロジェクトを実施していた。生息地に馴染んで出産まで果たしたクマもいるが、ウンナムとウンブクという2匹のクマは行方をくらましたまま100日が経過。ウンナムの追跡装置に反応があったのを見て研究所長のナ・ボクチョン(オ・ダルス)とその妻(ヨム・ヘラン)が森へ入ると、そこには人間の少年と化したウンナムがいた。夫妻はウンナムの秘密を隠して自分たちの子どもとして育てる。時が経ち、人間より成長の早いウンナム(パク・ソンウン)は見た目はオッサンながら25歳の青年としてYouTuberの親友チョ・マルボン(イ・イギョン)と穏やかに毎日を過ごしている。耳と鼻の利くエース警察官として仕事していた時期もあったのに、自分の寿命が25歳だと知って意気消沈、職務怠慢で解雇されてしまったことを親には言えないまま。一方、ウンナム同様に人間と化したウンブクはマフィアのボスであるイ・ジョンシク(チェ・ミンス)に拾われ、ジョンシクの悪事の片棒を担がされかけていた。麻薬捜査班はウンナムにウンブクのふりをさせてジョンシクのもとへ送り込もうとするのだが……。
クマがニンニクとヨモギを食べつづけると人間に変身するという建国神話があるのですね。若干スベり気味ではありますが、それなりの人気俳優が出演してこんなアホな作品を撮ったというのは憎めません。最後にチョン・ウソンまでカメオ出演していて笑った。監督のパク・ソングァンはお笑い芸人でもあるそうな。さらにお笑いの質を上げてもらえると嬉しいです。
《け》
『啓示』(原題:Revelations)
2025年の韓国作品。Netflixにて配信。
ソン・ミンチャン(リュ・ジュンヨル)が牧師を務める教会へ、信者の少女シン・アヨン(キム・ボミン)の後から中年男性クォン・ヤンレ(シン・ミンジェ)が入ってくる。女刑事イ・ヨニ(シン・ヒョンビン)の妹は、かつてヤンレに拉致監禁された。なんとか逃げ出してヤンレは逮捕されたものの、ヤンレの不幸な生い立ちに世間が同情。思いのほか刑が軽くなったせいでヨニの妹は自殺したから、ヨニはヤンレを許せない。そんな折、ミンチャンの息子がいなくなり、ミンチャンはヤンレの性犯罪歴を知って疑う。結局それは勘違いで、息子はすぐに見つかるが、ミンチャンに尾行されていることに気づいたヤンレと山中で揉み合いに。滑落したヤンレは血まみれになり、息を引き取ったようだ。後日、身元不明の怪我人が教会のボランティア先の病院にいると聞く。ヤンレに違いない。ミンチャンは彼をひそかに連れ出し、アヨンの居場所を吐かないヤンレを殺すと決めて……。
監督は“新感染”シリーズやアニメ『ソウル・ステーション/パンデミック』(2016)を撮ったヨン・サンホ。教会に真面目に仕えているのに、妻は浮気しているし、性犯罪者を受け入れてしまうし、散々なミンチャン。なぜ自分がこんな目に遭うのかと思っているときに空を見て、神の啓示だと思い込みます。キム・ドヨン演じる犯罪心理学者が、どれも偶然の出来事なのに、ミンチャンはすべて啓示のせい、クォンはすべて怪物のせい、ヨニはすべて自分のせいと、都合よく誰かのせいにしているする共通点があると言っているのが面白い。「見えるものだけ、見ましょう」、確かにその通り。
《こ》
『コンパニオン』(原題:Companion)
2025年のアメリカ作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。
アイリスはスーパーで買い物中にジョシュと運命的な出会いを果たす。しばしの交際期間を経てジョシュの友人で富豪のセルゲイが暮らす人里離れた豪邸を訪問。セルゲイの彼女キャットやゲイカップルのイーライとパトリックにアイリスをお披露目される。翌朝、二日酔いだというジョシュを残してアイリスがひとりで湖畔へ散歩に行くと、追いかけてきたセルゲイに襲われそうになり、アイリスはなぜかポケットに入っていたナイフでセルゲイを殺害してしまう。血まみれで邸に戻ると、ジョシュから衝撃の事実を聞かされて……。
アイリスは実はジョシュが購入したロボット。ジョシュにぞっこんになるように設定されています。セルゲイとキャットはセルゲイの金目当てに、本来は人間や動物を攻撃しないように製造されたアイリスを違法改造してセルゲイを殺すように仕向けたのでした。知能や身体能力も購入者の思いのままに設定可能なロボット。すべてジョシュに従うように造られているアイリスがどのように応戦するかが見物(みもの)。やがてパトリックもロボットであることがわかって、話はどんどん面白くなります。ロボットは嘘はつけないというのがいいですね。できればここでネタバレなんか読まずにご覧いただきたい1本。『Mr.ノボカイン』であんなに善い人だったがクズ男のジョシュを演じています。セルゲイ役は『ジュラシック・ワールド/復活の大地』でこれまたクズ男が似合っていたルパート・フレンドで、殺されても気の毒でも何でもない(笑)。
今年観た映画50音順〈あ行〉
ブログを引っ越してからは初めてですが、24回目となりました。恒例におつきあいください。
20日までに劇場で観た作品についてはすべてUP済みなので、ここに挙げるのはそれ以外のDVDあるいは配信で観たものばかり。好きだったとか嫌いだったとかは関係なし。どれも今年レンタルや配信が開始されて視聴可能となった作品です。ネタバレ御免。それぞれの記述の中に登場する作品について、製作年の記入のないものは今年劇場公開時に観た作品です。
《あ》
『アースクエイク2025』(原題:Earthquake Underground)
2024年のアメリカ作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。
アメリカの大都市にある35階建て高層ビルが巨大地震に見舞われ、ビルのオーナーであるリースと秘書のサーシャ、改装工事のための打ち合わせに来ていたデビーとその助手ジョーがエレベーター内に閉じ込められる。下層階にいた社員マイケルとアルバイトのブライアンたちがリースらに気づいて助けるが、ブライアンの恋人で上層階に向かっていたエイミーが15階に取り残されているはず。激しい余震が続いてビル全体が地中に沈み、とにもかくにも地上に出ようと一行は上に向かうが、階段が分断されて二手に分かれることを余儀なくされて……。
好きなんですよねぇ、ディザスタームービー。きっとB級と思いつつ観はじめたら、B級どころかC級以下(笑)。何も見所なしと言えるけど、死ぬ順番になかなか意表を突かれました。偉そうなことこのうえない社長リースなんて最初に死ねばいいのに、最後までおるがな。サーシャがビビりすぎでやかましいけど、途中で人が変わったように落ち着き、だけどネズミが出てきてまたやかましくなるところは笑った。ブライアンとエイミーはもちろん生き残ります。エイミーは妊娠中でしかも糖尿病患者。インスリンが切れると大変なことになるし、途中で栄養バーを補給しながら。最後の最後に社長が飛んで行ったときはいい気味でした。(^o^;
《い》
『生きなおしの季節(とき)に』(原題:Metruk Adam)
2025年のトルコ作品。Netflixにて配信。
何でも修理するのが得意だった14歳の少年バラン。兄アティフが轢き逃げ事件を起こしたとき、未成年のバランなら罪が軽いからと身代わりになることを親から強いられ、罪をかぶって15年服役する。出所時に親はすでに他界、バランを迎えに来たのはアティフ。罪を償いたいと言うアティフを許せずに拒絶するが、一緒にやってきたアティフの娘リディアはバランに懐いて離れない。一旦アティフの家に身を寄せるも、アティフの妻アルズはバランを毛嫌いし、経済的に余裕があると思われていたアティフが実は破産していることも知らされる。それから数日後、アティフが運転する車が交通事故に遭い、アルズは死亡、アティフも意識不明の重体で、リディアだけが軽症。自分がリディアを育てることなど無理だと思うバランだったが、親友エサトの協力を得てリディアと暮らしはじめ……。
トルコには修理街というエリアがあるのですね。エサトは自身が勤める店の経営者ムサにバランを雇ってやるように頼みますが、犯罪者を嫌うムサは最初は断固拒否。しかしムサこそ、かつて自分の過失から家族を死に追いやっていて、やがてバランとリディアを温かく見守る存在となります。エサトも自らが受けた恩を忘れない本当にイイ奴。スーパーマンじゃなくてリペアマンこそがスター。あ、バランからどんな歌手が好きなのかを聞かれたリディアが「BTS」と答えるのもよかったな~(笑)。
《う》
『器の子』(原題:器子)
2025年の台湾作品。Netflixにて配信。
2004年の台北。児童養護施設の野球コーチを務めるジャン・チーマオは、妻ジンジーとの間に娘ユンロンを授かる。教え子の少年たちもユンロンを我が妹のように可愛がっていたが、ある日、出先でジンジーがわずかに目を離した隙に、ベビーカーの中からユンロンがさらわれる。ジンジーは自殺。チーマオは何かを知っているとおぼしき看護師長リンに詰め寄るが、リンは知らん顔。情報があると接触してきた別の看護師と会う約束をして出向いたところ、その看護師が待ち合わせ場所のビルから転落して死亡。チーマオは殺人容疑で逮捕され、終身刑を宣告される。17年後に仮釈放された彼は、ユンロンの誘拐が臓器の売買を目的としたものであることを知り、これに絡んだリンをまず拉致。リンから聞き出した窓口役のチャン・ズーリエ、買い主のシュー・ユエンジョーを次々と捕まえて監禁、拷問して吐かせる。すると、心臓を取り出されてすでに死んでいると思っていたユンロンが、ユエンジョーの娘ズーチャオとして生きていることがわかり……。
ユエンジョーがズーチャオの心臓目当てで娘として育て、実の娘ジュエルに移植するときを待っていたという驚愕の真実。しかもジュエルもそのことを知っていてズーチャオとは親友のふり。幼い頃から自分は心臓に疾患があると信じ込まされ、大事に育てられてきたのはジュエルに心臓を渡すためだったと知ったときのズーチャオの気持ちを思うとやるせません。骨太で見応えじゅうぶんの1本。
《え》
『炎上ドライブ』(英題:Drive)
2025年の韓国作品。TSUTAYA DISCASにてDVDレンタル。日本では劇場未公開、DVDスルー。
野心あふれる女性ハン・ユナ(パク・ジュヒョン)はYouTuberとしてのし上がる。ライバルを蹴落として、今やチャンネル登録者数1位のインフルエンサー。ある夜、飲酒後に代行を呼んで待つ間、自分の愛車キャデラックの中で居眠り。目が覚めるとキャデラックのトランクに閉じ込められていた。横に落ちていた電話を取ると、車は走行中で、犯人らしき運転手(チョン・ソクホ)から身代金を要求される。要求額全額を用意するためにトランク内で生配信を開始するはめになるのだが……。
過去の配信で人を傷つける発言をしていたことに思いが至らなかったユナ。彼女のファンだった男性は、彼女に「死ね」と言われた挙げ句、電話番号を晒されました。そのせいで嫌がらせの電話が鳴り止まず、自殺。犯人はその男性の母親だった女刑事(キム・ヨジン)で、彼女が雇った元犯罪者が運転手というオチ。視聴者数を稼ぐためなら何でもやってきたユナだから、気の毒には思えず。かといってほかの誰にも共感できなくて、DVDスルーになったのもわかります。ヤラセ疑惑まで出て、殺されるかもしれないという恐怖と闘いながらの配信。本当に怖かっただろうけど、終わってみればこれが前代未聞の視聴者数を稼ぐわけで。視聴者数にこだわり続ける人はこんな目に遭ってもYouTuberをやめようとは思えなくなるでしょうね。反省も何もあったものじゃない。拉致監禁された本人が身代金を用意するなんて、みんながスマホを持つようになったからこそ起こることだなぁ。
《お》
『オントラック つまずき人生を変える方法』(英題:The Wrong Track)
2025年のノルウェー作品。Netflixにて配信。
アラサーのエミリーは夫ヨアキムと離婚。愛娘のリリーを夫婦交代で預かる形で過ごしていたが、エミリーが担当の日にトイレの配管トラブル発生。浸水した部屋を出るはめになり、リリーをヨアキムのもとへ返すと、自分は兄イェルムンドとその妻セリアが暮らす家でしばらく世話になることに。何をやっても長続きしないエミリーにイェルムンドはビルケビナーレンネットを勧める。ビルケビナーレンネットとは毎年3月に開催されるクロスカントリーのスキーマラソン。参加者は3.5kgのリュックを背負ってレナからリレハンメルまで54kmの高地コースを走るというレース。そのトレーニングをすることが居候させる条件だと言われ、仕方なく始めたエミリーだったが……。
最初のうちはエミリーのことがどうにも好きになれなくて。リリーを大事に思っているのはわかるけれど、仕事もオトコも日々の暮らしもとにかくいい加減。トレーニングだって、配管工事が完了して自分の家に戻ることになるとすぐにやめます。彼女のことを好きになるのは、リリーに見限られないようにと一念発起してトレーニングを再開してから。最後はちょっと泣けちゃいます。それにしても性に関しておおらかなのはお国柄なのかしら。それに、元妻と夫の再婚相手の関係が良いのにもビックリ。なんだかみんないい人だった。
『ナイトコール』
『ナイトコール』(原題:La Nuit se Traîne)
監督:ミヒウ・ブランシャール
出演:ジョナタン・フェルトル,ナターシャ・クリエフ,ジョナ・ブロケ,トマ・ミュスタン,ロマン・デュリス,サム・ルーウィック,ナビル・マラット,クレール・ボドソン,グレアム・ギット,マルコ・マース他
前述の『ザ・フー:ライヴ・アット・キルバーン 1977』の次に。本作目当てに塚口サンサン劇場まで行きました。ベルギーの新鋭ミヒウ・ブランシャール監督によるフランス/ベルギー作品。長編デビュー作ながら、ベルギーのアカデミー賞に当たるマルグリット賞で作品賞ほか最多の10冠に輝いたそうです。受賞にふさわしい面白さ。
鍵屋として働く青年マディは、鍵のトラブルで困っている人からの連絡を24時間受け付けて車を走らせる毎日。学生だから、本分の学業も怠らないように、時間を見つけては教科書を広げて勉強している。
ある晩、ひとつ仕事を片付けた後、クレールと名乗る女性から「鍵を紛失したので開錠してほしい」との電話が入り、指示されたアパートへと向かう。この仕事は開錠前の料金先払いがルール。また、部屋の持ち主以外からの開錠依頼があったときのために身分証の提示も求めるのが基本。マディが支払いと身分証を求めると、クレールはどちらも部屋の中にあると言う。致し方なく開錠して玄関で待っていると、大きなゴミ袋を抱えて出てきたクレールが、財布に金がないからATMで下ろしてくるのを待っていてほしいと。テーブルの上に置いてあるという身分証をマディが探すが、そんなものはどこにも見当たらない。するとクレールから電話があり、すぐに部屋を出るように言われる。しかし時すでに遅し。ドアを開ける音がして、部屋の本当の住人らしき、クレールではない男が帰ってきて、マディは危うく殺されそうになる。咄嗟に鍵屋の道具からドライバーを抜き出したマディがそれを男の首に突き立てると、男は死んでしまう。
殺害の現場から証拠を消そうとしていたところ、今度は別の男たちがやってくる。隠れたものの見つかって、車に押し込まれるマディ。どうやらマディが殺した男の部屋にあった大金がなくなっているらしく、マディが盗んだと思われているようだ。マフィアのボス・ヤニックのところへ連れて行かれたマディは、身分証を取り上げられ、凶器のドライバーも没収される。金を盗んだのがマディでないならば、犯人を見つけて金を取り返すように言われ……。
テンポが良くて画面に釘付け。とても面白い。どういう事情で鍵屋をしているのかわかりませんが、おそらくマディは苦学生。誠実そのものに見えます。だけどかつては強盗の前科もあるようで、警察にコネのあるヤニックは、黒人のデモが繰り広げられている街で逃げたマディを見かけたら連絡するようにと警察官にも指示しています。冷酷極まりないヤニックをロマン・デュリスが演じているのが個人的には可笑しい。ほんと、どうしてあんなイケメンがこんなむさ苦しいオッサンになっちゃったんだろう(笑)。
心に染み入るような切なさはありません。でもマディの最期の安心した顔を見るとちょっとだけ切ない。自分をこんなことに巻き込んだ女のことを可哀想だなんて思わずにとっとと売り渡してもいいのにと私は思いますけどね。(^^;





