『スノードロップ』
監督:吉田浩太
出演:西原亜希,イトウハルヒ,小野塚老,みやなおこ,芦原健介,丸山奈緒,橋野純平,芹澤興人,はな他
高校の学年同窓会で司会を務めた翌朝、気が張っていたからかいつもより数時間遅くに目が覚める。わりとへろへろ。この日の晩は小学校の同級生たちと会う予定で、その前に映画を観に行くのは無謀かと思ったけれど、なんか大丈夫そう。十三へ向かい、第七藝術劇場にて監督と主演女優の舞台挨拶付きの回を鑑賞しました。実在した一家をモデルとしているそうです。
1998年。葉波直子(西原亜希)が帰宅すると、めったに実家に寄らない姉・内藤加也子(丸山奈緒)が来ていた。何事かと思えば、何十年も前にまだ子どもだった直子と加也子を残して蒸発した父親・栄治(小野塚老)がテーブルに着いているではないか。ここに戻りたいと言う栄治のことを加也子は絶対に受け入れられないと憤るが、母親・キヨ(みやなおこ)は栄治と暮らしたいと主張。キヨがそうしたいと言うなら別にかまわないと、直子は受け入れることに。
それからしばらく経ち、キヨが体を壊して寝たきりのまま認知症に。直子はキヨの介護のために仕事を辞めざるを得なくなる。栄治は新聞配達で生活費を稼いでいたが、痛風が悪化して動けなくなる。葉波一家を心配する新聞店のオーナーから生活保護を申請したほうがいいと言われ、直子はおそるおそる市役所へ。担当となったケースワーカー・宗村幸恵(イトウハルヒ)は親身に対応してくれて、スムーズに申請の手続きが進むが……。
生活保護が受給できないという話なんだろうなと思いながら観ていたら、それにしては申請がトントン拍子に運ぶ。葉波一家は受給の資格をじゅうぶんに満たし、生真面目な直子が記入する申請書は完璧で、必要な書類も漏れなく迅速に揃えます。いろんな申請者を見てきた宗村は、そつなくかつ控えめな態度の直子に逆に感謝するほど。宗村の同僚・吉岡(芦原健介)は宗村が葉波一家に肩入れしすぎなのではとちらり思っていたけれど、訪問審査で宗村に同行してみてなるほどこりゃ当然だと思い直します。それぐらい直子はきちんとしていて、この人をなんとか助けなければと思わせるんですよね。
この先ネタバレです。
滞りなく審査が終わり、受給まであと少しというところだったのに、栄治がキヨを連れて死のうと思うと言い出す。そして直子にも一緒に死んでくれるかと聞く。その問いに躊躇なく「いいよ」と答える直子。なぜここまで来て死のうと思うのか。直子の車で川に突っ込み、心中を図る3人。栄治とキヨは命を落とし、生き残った直子は自分が故意に両親の手を放したからだと証言。言い訳などひとつもしません。
事務手続きのために直子に面会した宗村に訥々と直子が話す胸の裡。きちんとしているように見えても、介護前の事務職ではミスもやらかしてきました。人づきあいも上手くない。とことん自信を持てない彼女にとっては母親の介護がすべてだった。生活保護を受給して介護サービスも受けられるようになれば、自分は仕事に出なければいけなくなる。不正に生活保護を受給しようとする人もいるなか、真っ当に受給を認められたら自分の居場所がなくなると考えているのです。これ以上みじめにはなりたくないと。それをきっと両親もわかっているから一緒に死のうと言ったのだと。生活保護を受給すべき人が受給できないという現実がいちばんつらいことかと思っていたのに、受給できることになったがゆえにこんなに追い込まれる人もいるんだと、言葉をなくしてしまいます。
舞台挨拶で話を聴かなければわからなかったことがあります。冒頭、3人の少女が映し出され、1人はバイバイと手を振って出て行く。これは本来3人姉妹だったのに、栄治が蒸発したせいでシングルマザーとなったキヨは、ひとりで3人もの娘を育てるのは無理だと1人を養女に出したということだそうで。養女に出されるのとどちらが幸せな人生だったろうかと考えたりもします。とてもつらい作品ではあるけれど、最後の直子の表情には救いがある。どうか生きてほしいと思う。
目次
